時には喋りすぎない五行詩のように

過 ぎ 去 っ た 夏 の 泡 沫

透 明 な 硝 子 越 し に 隠 れ た

レ モ ン の 香 気 

カ タ チ が 消 え て も

残 像 は あ ざ や か に

 

 

 

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ホーム
2008/11/18 Tuesday 21:38:43 PST

  誰かが歌ってる「夢は見るものじゃない叶えるもの」と。
 わたしの目下の夢はふたつある。社会に貢献しない小さな小さな夢です。ひとつは冬の北極圏の頭上で千変万化するオーロラを見ること。これは諸条件が合えば今すぐにでも行けそう、今は諸条件が合わないけど。

もうひとつの夢は・・・

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ブーゲンビリアが教えてくれた
山紫水明
2008/08/05 Tuesday 22:24:01 PDT

 お花が好き。

 室町の頃からの生け花も、欧米スタイルのアレンジも、お花に触れ無心になれる瞬間が好き。生けたお花を見るのも好き。公園に彩られているお花も好き。名前の知らない野草にも心惹かれます。

 お花は好きだけど、お花を自分で育てたはずもなく、土をいじり種を撒き丹誠尽くして植物を育てるなんて苦手。

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クレマチス
時の静止画像
2008/06/28 Saturday 23:48:21 PDT

螺旋の蔓を辿る過去への時間

 

螺子を巻き戻し時空を越えた夏の始まり

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結果 1 - 3 of 23

モ エ レ 沼 公 園 カ レ イ ド ス コ ー プ 劇 場

イ サ ム・ノ グ チ (1904年11月17日-1988年12月30日)

  英文学者で詩人の野口米次郎と、作家レオニー・ギルモアとの間に生まれ、少年期は日本で育つ。渡米した後、彫刻家を志し、アジア・ヨーロッパを旅して見聞を広めた。パリでは彫刻家ブランクーシの助手をつとめる。ニューヨークに居を定め、肖像彫刻、舞台美術をへて環境彫刻やランドスケープ・デザインにまで幅広い活動を開始する。戦後は日本でも陶器作品や、和紙を使った「あかり」のデザインなどを行う。また丹下健三、猪熊弦一郎、勅使原蒼風、北大路魯山人、岡本太郎など当時の前衛芸術家たちと交流して刺激を与えあう。その後、アメリカ国内外の各地で、彫刻、モニュメント、環境設計を続け、文字通り「地球を彫刻した男」と呼ばれる。

  1988年札幌の「モエレ沼公園」設計に着手。高松空港の彫刻制作に着手。 Third Order of the Sacred Treasureを受章。12月30日ニューヨークの病院にて死去。

南 方 熊 楠  (1867年5月18日 - 1941年12月29日)

 熊野古道

 子供の頃から、驚異的な記憶力を持つ神童だった。彼の学風は、ひとつの分野に関連性のある全ての学問を知ろうとする膨大なものであり、土蔵や那智山中に篭っていそしんだ研究からは、曼荼羅のような知識の網が産まれた。独特の宇宙観、破天荒な生き方が共感を呼ぶ。

 彼にまつわるエピソードは膨大である。語学に堪能で19ヶ国語の言語を操ったといわれた。また、当時政府が進めていた神社合祀政策に反対運動を起こした。今日、この運動は自然保護運動、あるいはエコロジー活動の先駆とも言われ評価されており、熊野古道が残る所以となった。

ジャン・フランソワ・ミレー(1814年10月4日 - 1875年1月20日)

  ミレーはシェルブール近郊の農家の長男として生まれ育ち、画家修業に入る19歳まで農作業に従事していました。そのミレーにとって落ち穂拾いの光景は少年時代から親しみのある光景でした。

 落ち穂拾い

  落ち穂拾いとは、地主の麦畑の収穫を小作農民が、手間賃の他に収穫の約一割だけ残された落ち穂を拾う権利を言います。もともと旧約聖書以来の風習であり、ミレーの当時のフランスでは条例でその権利がまだ担保されていました。

  もっともフランス農業の大規模土地所有制は今でも続いており、シヤルル・ド・ゴール空港を作った時、その広大な敷地はほんの数人の地主からの買収で済んだと言います。どこかの国の事情とは比べるまでもありません。社会の変動に伴い農業もさっさと変えなければならないのは双方に言えることなのですが...

何気に見せたい写真品評会

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無病息災の写真品評会に投稿された画像は全てここで表示されますが縦横比は4:3でフィックスされています.

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もう一度行きたい癒しの場所
複数選択は30分後

 


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